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東京高等裁判所 昭和33年(ネ)965号 判決

第一審原告(第九七四号控訴人・第九六五号被控訴人) 稲葉金次郎

第一審被告(第九六五号控訴人・第九七四号被控訴人) 山崎製パン株式会社

主文

原判決中第一審被告敗訴の部分を取り消す。

第一審原告の請求を棄却する。

第一審原告の控訴を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする。

事実

一、第一審被告訴訟代理人は、昭和三十三年(ネ)第九六五号事件について、主文第一、二項通り、かつ訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする、との判決を、同年(ネ)第九七四号事件について、主文第三項通りの判決を求め、

第一審原告訴訟代理人は、昭和三十三年(ネ)第九七四号事件について、原判決中「原告のその余の請求を棄却する。」とある部分を取り消す、第一審被告は本件判決確定後五日以内に東京において発行する朝日新聞および同新聞の千葉版ならびに雑誌「製菓製パン」に別紙記載のとおりの謝罪広告申出の手続をし、その費用を負担せよ、訴訟費用は第一、二審とも第一審被告の負担とする、との判決を同年(ネ)第九六五号事件について、本件控訴を棄却する、との判決を求めた。

二、当事者双方の事実および法律に関する主張は、次に記載する点のほか、原判決事実摘示のとおりである。

(一)  第一審被告の主張

1、第一審原告の登録商標は、「国乃華」と横書きし、その下に「菊最中」と縦書きして成るものであるところ、第一審原告はその構成部分である「菊最中」又は「菊」についても自己の商標権が及ぶものとし、右部分についても排他的独占権があると主張しているが、普通に使用される方法で自己の氏名、名称、商号もしくは商品の普通名称、産地、品位、品質、効能、用途、製法、時期、数量、形状、価格を表示するものについて商標権の排他的独占権が及ばないことは、商標法(昭和三十四年法律第一二八号で廃止された大正十年法律第九九号、以下単に旧商標法という。)第八条第一項に明記されているとおりであつて、たとえこれらの事項が他人の登録商標の構成部分をなしている場合であつても、普通に使用される方法で使用されているときは、その使用をもつて右登録商標の商標権の侵害とするわけにはいかないのである。そして、本件係争の「菊最中」のうち「最中」が商品の普通名称であることはいうまでもなくまた「菊」も菊の花の形をした最中に附せられた形容文句であり、最中商品の形状を表示したものであることは明らかであつて、「菊最中」は商品の形状を表示するものであり、かつ商品の普通名称であるといわなくてはならない。

2、歴史的にみても、菊の花をかたどつた最中はすでに江戸時代から存在しており、菊最中という名称はかような商品につき少なくとも明治以来一般業者の間にひろく用いられてきた。しかも、最中の形は最中の皮の形によつてきまるものであるが、最中の茂は通常菓子屋とは別に皮作りの専門業者がいてこれを作り、菓子屋はこれを買い入れて、あんをつめて売るというのが一般であることは、菊の花の形をした最中の皮は、少なくとも明治以来菊最中の皮として専門業者が呼称作製してきており、この呼称で取引されてきたものである。現在では日本の各地の菓子屋において菊の花をかたどつた最中が菊最中として販売されており、菊最中の名称それ自体普通名称として取り扱われている。

3、かように、菊最中の名称は古くから用いられていて、第一審原告がとくに命名したものではない。また、第一審原告の本件商標の登録出願当時は特殊なものであつたが、その後業界、消費者の変化により、普通名称化したというようなものでもない。現在一般人においても、菊最中といえば、菊の花の形をした最中であるとして、その形状を思い起すのが普通であつて、菊最中とのみ聞いて特定業者の商品を思い起す人は、その商品に特殊な関心を抱いている人を除いて、ほとんどいないと信ずる。

4、第一審被告が菊の花の形をした最中を菊最中と呼称しているのは、前述のごとく業界において古くから菊の花の形をした最中を菊最中と呼称してきているのに従つたまでのことであつて、不正競争の意図をもつてかく呼称したというようなことでは絶対にない。しかも、第一審被告は、「菊」の文字、ないし「菊最中」の名称を使用するにあたつて、特別に看者の注意をひくに足りる書体、又は図案をもつて表示使用してはおらず、ごく単純に記載し、かつ呼称して使用しているものであつて、その言葉の普通の用法、普通の意義において、菊の花の形をした最中を「菊最中」と記載呼称しているにすぎないのである。

5、また、実際的観点からみても、第一審被告の商品につき「国乃華菊最中」の名称を用いるならば格別、単に「菊最中」と称したのみで、第一審原告の商品との間に商品の出所につき混同誤認を生ぜしめる余地はない。しかも第一審被告の菊最中には第一審被告の製品であることを明らかにする〈記号省略〉の記号が大きく表わされており、商品の出所につき混同誤認をひきおこさぬような措置がとられているのである。

(二)  第一審原告の主張

1、第一審被告が第一審原告の商標権を侵害している事実あるにおいては、第一審原告がこれにより損害を被つていることは当然であつて、かゝる損害の回復を得るため、謝罪広告の掲載を求める第一審原告の請求が排斥せらるべき理由はない。

2、第一審原告の登録商標中、「菊最中」の部分はその要部である。

菊の花をかたどつた最中が江戸時代から作られていたという第一審被告の主張は争う。仮に考証学的研究の結果さような事実があり得たとしても、菊最中の名称が明治以来一般業者間にひろく用いられたということはなく、また何人かがこれを使用していた事実があつたとしても、第一審原告の受けた登録の効果を左右するには及ばないものである。もし、現在日本各地の菓子屋が類似の名称をもつ商品を製造販売し、菊最中が普通名称化したとすれば、由々しい商標権侵害を行つているものといわざるを得ない。

要するに、菊最中は第一審原告自ら考案命名した名称で、古来存在したものを踏襲したものではなく、それが世上一般化していたというような事実もない。

3、第一審被告は菊最中の名称を使用するについて不正競業の意図がないと主張するけれども、その使用の結果は不正競業となるものというべく、また第一審被告の商標(甲第二号証)を第一審原告の登録商標(甲第一号証の一)と対照してみれば、二者混同を生ずることは、毫も疑いをいれない。第一審被告の商品にその主張のごとき記号が入れてあつても、変通顧客はそのような細部にまで注意をはらうものではなく、菊最中の称呼だけで取引されることが、実験則上明らかなところである。

三、双方が提出、援用した証拠および相手方提出の書証の成立の認否も、

(一)  第一審原告訴訟代理人が、甲第六、七号証を提出し、当審における第一審原告本人尋問の結果を援用し、乙第二号証、第三号証の一ないし七一の成立は知らない、と述べ、

(二)  第一審被告訴訟代理人が、乙第二号証、第三号証の一ないし七一を提出し、当審証人大村孝作、渡辺与一、飯島市郎こと飯島一郎の各証言を援用し、甲第六、七号証の成立を認めた

ほか、原判決摘示のとおりである。

理由

一、第一審原告が、その製造販売する最中について、「国の華」と右から横書し、その下に「菊最中」と縦書して成る商標につき、昭和十八年二月十五日出願公告、同年六月十四日登録にかゝる登録第三五八、三四二号の商標権を有すること、および第一審被告会社が前に立川市市川町一丁目二八九番地にあつたその本店および京成八幡駅前と総武線市川駅前とに設けた支店、ならびに東京都墨田区東両国四丁目二〇番地にある工場および売店において最中の製造販売を行つていたことについては、当事者間に争がない。そして、第一審被告の製造販売していた最中の写真であることにつき争のない乙第一号証に原審および当審における証人飯島市郎こと飯島一郎の証言ならびに弁論の全趣旨をあわせ考えれば、第一審被告会社は、昭和二十六年二月ごろから、菊花を浮彫にした円形の最中菓子で、上部に〈記号省略〉の図形と下部に左横書で「ヤマサキ」の文字とを表わしているものを製造販売していたが、昭和三十一年五、六月ごろ、第一審被告やその他の業者の菊花をかたどつた最中の製造販売が第一審原告の前記商標権を侵害するとの理由で、第一審原告から本件その他の訴訟を提起されるにいたつてから、その製造販売を中止していることを認めることができ、また、成立に争のない甲第二、三号証および原審証人稲葉潔の証言によれば、第一審被告会社は右最中菓子を「菊最中」とよび、かつこれに附けて使用した用紙には、中央に「菊最中」、その右肩に「三色の風味」、左下部に「やまざき」とそれぞれ記載し、左肩に〈記号省略〉の図形を表わしてあつた事実が明らかである。これによつてみれば、第一審被告会社はその商品である最中につき「菊最中」という商標を使用していたものといわざるを得ない。

二、第一審原告は、第一審被告会社の右行為をもつて、第一審原告の前記商標権を侵害しているものと主張する。しかし、当審証人渡辺与一の証言により成立を認め得る乙第三号証の一ないし七一に、原審証人水野達夫、原審および当審証人飯島市郎こと飯島一郎、当審証人大村孝作、渡辺与一の各証言をあわせ考えるときは、現在一般に製造販売されている最中の約半数は菊花をかたどつたものであるが、そのような最中は明治時代から「菊最中」と呼称されてきていること、ことに最中のうち最も人目をひく皮の部分は輪種(りんだね)あるいは菓子種といわれるものの主なものであつて、特別にその業者が製作して菓子屋に売り、菓子屋がこれにあんをつめて顧客に売るのが、通常の業態であるが、全国の輪種業者は菊花の形状をした最中の皮をきわめて一般的なものとして作つており、菓子製造業者の注文によつては、これに、前記第一審被告の商品に附されている〈記号省略〉の標章、あるいは第一審原告の商品の写真であることが当事者間に争のない甲第四号証によつて第一審原告の製造販売している最中に表わされていることを認めうる「きんせい堂」の文字のように菓子製造業者を表象する、いわゆるとめ型を打つて、これに販売している事実が明らかである。そして、菓子をその形状によつて、たとえば本件における菊の形をした最中を菊最中とよぶようなことは、何人に言われなくとも人の自然に口にするところであると考えられるから、このように一般的な商品である菊花の形状の最中を「菊最中」とよびならわすことも、当然のことといわなくてはならない。以上の事実をもつてすれば、「菊最中」とは最中の形状を示す普通名称であると認定するのが相当である。原審証人稲葉潔の証言および当審における第一審原告本人尋問の結果によつても、右認定をくつがえすことができない。

三、ところで、旧商標法第八条第一項によれば、商標権の効力は普通に使用される方法で自己の氏名名称もしくは商号又はその商品の普通名称、産地、品位、品質、効能、用途、製法、時期、数量、形状もしくは価格を表示するものには及ばないとされており、その規定に、普通に使用される方法といつているのは、普通名称を商標の構成部分として使用することは普通に使用される方法ではない、というかに見える見解があるけれども(昭和四年四月二十四日大審院判決、民集八巻三一〇頁以下参照)、およそ商標権の効力が及ぶとか及ばないとかの問題が起るのは、商標としての使用についてであつて(そのことは、旧商標法第八条に相当する現行の商標法第二十六条において、商標権の効力は、次に掲げる商標には、及ばない、として、そのものをすべて何々の商標として規定してあることをみても、明らかである。)、それを同条の規定から除くことは同条の趣旨をほとんど無意味ならしめるものと考えられるから、たとえ商標として使用するものであつても、特に一般の注意をひくような書体あるいは図案を用いるようなことなく、単に商品の普通名称を表示したに過ぎないものは、同条にいわゆる普通に使用される方法として、商標権の効力はこれに及ばないものと解するのが相当である。

そして、前記甲第二号証をみても、第一審被告の商品につき「菊最中」の名称の使用されている方法は、書体も記載方法もきわめて通常の態様を出でないものと認めることができ、その他第一審被告の該名称の使用はその普通に使用されている方法以外のものではなかつたこと、原審及び当審における飯島証人の証言によりこれをうかがうに難くないから、第一審原告の本件商標権の効力は第一審被告の「菊最中」なる商標の使用には及び得ないものといわなくてはならない。

四、「菊最中」が最中の形状を示す普通名称であることは、前示認定のとおりであり、そのことが必ずしも当初に第一審原告が自己の商品の標識として採用した名称が普通名称に化したものであると認むべき証拠もないので、第一審被告がその商品につき「菊最中」の名称を使用することをもつて、第一審原告の商標権の侵害であると解すべき理由がない。したがつて、右商標権の侵害があることを原因とする第一審原告の請求は全部これを認容するに由なきものであつて、右請求中第一審被告に対してその製造に係る最中に「菊最中」の商標を使用することの禁止を求める部分を認容した原判決は、その点において取消をまぬかれない。

よつて、昭和三十三年(ネ)第九六五号事件につき、原判決中第一審被告敗訴の部分を取り消して、第一審原告の請求を棄却し、同年(ネ)第九七四号事件につき、第一審原告の控訴は理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十五条、第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 内田護文 鈴木禎次郎 入山実)

謝罪広告(初号活字)

私は不正競争の目的を以て、貴殿が登録手続を経て専用権を有せらるゝ事を知り乍ら、商標「菊最中」を使用して、貴殿の商品より数等粗悪な製品を販売し、貴殿の信用と営業権を著しく侵害し、多大の御迷惑と損害をお掛けした事は誠に申訳ありません

茲に謝罪し将来再びせざる事をお誓い致します(以上五号活字)

判決確定日

千葉県市川市市川町一ノ二八九

山崎製パン株式会社

代表取締役 飯島藤十郎

東京都墨田区江東橋四ノ六

稲葉金次郎殿(以上二号活字)

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